第2話 フォルミジェブルーに包まれる午後

最終更新: 2018年7月10日





壮麗なガラスのドームに包み込まれた空間。

一歩、足を踏み入れると、そこは南国トロピカル。



パリ南西部、

ブローニュの森の南端のオアシス。

オートゥイユ温室庭園

(Jardin des serres d’Auteuil)








天井に届きそうな椰子の木や、両手を広げても足りないほどの大きな葉っぱが、ガラス越しの陽を受け濃淡の影を描く。












立派なバナナの花を眺めながら、タイ北部のチェンマイに旅したときに生まれて初めて食べた、バナナの花のサラダのことを想ったり。








大きな鳥かごの中では、小鳥たちが大合唱。



可愛い歌声をBGMに歩みを進めると、



そこには、



紅白の鯉たちが。


ゆらゆらと、たゆたう姿。

水面に映る青空と椰子の木陰も、鯉が動くのにあわせて、たゆたう。






ひとつひとつの植物の葉脈や成り立ちを眺めていると、頭が空っぽに。

自然がかたちづくるデザインと色彩で、メディテーション。







心を空っぽにしたいとき、植物園はちょうどよい。

柔らかく差し込む午後の光。

深呼吸。



温室の側には、Square des Poètes(詩人たちの小さな公園)が隣接しており、四季折々の花がいつも何かしら咲いていて、人もまばらで静か。


ヴィヨン、 モリエール、ボワロー、そしてマラルメ ・・・。

15世紀から19世紀にかけて歴史に名を残した彼らの歌碑が点在しているがゆえに名付けられた、その名の通りにポエティックな公園。




5月ならば、芍薬・オールドローズ・クレマチス・つつじ、などが。





1900年に植樹されたという、パリでいちばん背の高い松の木にご挨拶をした後は、

心持ちが落ち着くベンチを見つけて、午後いっぱい緑の中で気ままに過ごす。


お気に入りの文庫本や詩集も忘れずに。






ところで、この温室庭園の歴史は遡ること1761年。


今から257年前のこと。


植物愛好家だったと言われている、ブルボン朝第4代のフランス国王ルイ15世が統治していた時代に、花壇などを作り始めたことに遡る。


その後、1世紀以上のち、パリ市の行政により現在の温室が完成。

5つの温室から成り立っており、19世紀後半の建築様式のまま、今も保存されている。



この美しきフォルムの、鉄とガラスの温室の造り主は、19世紀後半に活躍した建築家 Jean-Camille Formigé (ジャン=カミーユ・フォルミジェ)。


彼は、パリ市民にとって馴染み深い建築物に実はたくさん関わっている。


モンマルトルの丘に聳えるサクレクール寺院前のルイ・ミシェル広場、ビルアケム橋、

そしてペール=ラシェーズ墓地の火葬場など。


鉄で出来てるのに、なんともエレガント。

柔らかな曲線と、透明のガラスのコンビネゾンでしか成し得ない色気。



その昔、彼の使う塗料の蒼を


« Bleu Formigé »

フォルミジェブルー


と、呼んだとか。


緑と蒼の間の色だった、という記録が残っているので、碧色。

つまりターコイズブルーに近い色。

鉄という素材をエレガントに変化させることができたのは、きっと、この色を選んだからに違いない。

現状の温室は、確かに緑寄りの蒼が塗られているけれど、100年以上前のオリジナルの色は碧色といえど、どんなトーンの蒼だったのだろう。

そして、この温室の中で淑女・紳士がどのような装いで、どのような会話を交わしていたのだろう。


ブルジョワ階級が栄華を誇った、19世紀のパリジャン・パリジェンヌに思いを馳せるひととき。








- Address -

Jardin des serres d’Auteuil

3 Avenue de la Porte d'Auteuil

75016 Paris

FRANCE





ふくよかな空想の時を与えてくれる街。

それが、パリ。




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