第12話 星屑の首飾り

最終更新: 2018年8月11日




[ Antipode ] アンチポッド

- 対蹠地、地球の正反対側に当たる地点、遠隔地、遠国 -



心に響く大好きな言葉の一つ。

まだフランス語がぜんぜん話せなかった頃から、もっといえば、外国なんて行ったことのない幼少期から、なんとなくいつも遠くの国を想っていた。


想いは想っていれば叶うもので、遠いモロッコ王国に居を構える人生が待っていた。




生まれ故郷の日本が「日の出づる国」で「東の果て」ならば、モロッコは「日の沈む国」で「西の果て」。


太陽の動きに沿って、人生を動かすネジ巻きが神様によってぐるんと巻かれたのだと思う。


導かれるように暮らすことになったモロッコ、マラケシュ。







ピンク色のグラデーションで染められたマラケシュの街。

光が影を、影が光を引き立てあう街。







ナツメヤシの木とオレンジの街路樹。

天を仰げば、抜けるような、とありきたりな形容の他に何があるのかというほど、飛び抜けて広く美しい空。




神を崇めることを人生の柱としてそこで生きるモロッコの人たちの笑顔は、いつもとびっきりで、からからに乾いた空気とは対照的に心が潤う。











マラケシュの旧市街には、パティオのある回廊式の邸宅を改装した「リヤド」という様式の宿が点在していて、モザイクタイルや石膏細工などの伝統的な装飾技術が詰め込まれたリヤドは星の数ほどある。その中でも、とびきりの場所を選び、週末を過ごすことに決めた。



埃っぽいスークを抜けて、ピンク色の路地をくねくねと何度も曲がる。









道に迷っても大丈夫。親切なマラケシュの人たちは「こっちだよ」と、必ず助けてくれる。






ピンク色の迷路の奥に、そのリヤドの扉が隠されていた。











扉の中に一歩入ると、旧市街の喧騒から完璧に遮断され、そこには緑豊かで静かな別世界が広がっていた。




パティオにはトロピカルな木々が茂み、それを取り囲む回廊の壁は見事なまでに、一面のモザイクタイルと石膏細工。






ひとつひとつのピースを手仕事でカットしてコラージュする、モロッコの伝統的な職人芸。













灼熱の真夏を耐え抜くマラケシュに暮らす人々の知恵。

建物にはできるだけ日光が入らないように設計されているため、特に一日の中で多く時間を過ごすサロンは、最も陽の当たらない場所に設ける。


赤とフューシャピンクが基調のインテリアのスイートルームには、プリミティヴな手織絨毯に骨董家具が趣味よく配置されていて、アラベスク模様の格子戸から忍び入った細い光がぼんやりと天井に反射して、薄く部屋を照らす。



ディナーのテーブルには薔薇の花びらが散りばめられ、席につこうとすると、蜂蜜色の先客がいた。

リヤドの飼い猫「チェコ」は、そのまま食事中ずっとそばにいて、ホスト役をつとめてくれた。






最小限の灯火の中で過ごす夜を経て。





珍しく小雨がそぼ降る翌朝。




モロッコのクレープ「ムセンメン」とカフェオレ「ノスノス」、甘くて濃厚な搾りたてオレンジジュースというオーセンティックな朝食をとった後は、回廊の長椅子に腰掛けて、雨音を聴きながらミントティーを飲んで、時間を忘れ気ままに過ごす。





小宇宙を優しく内包したようなそのリヤドは、滞在中に身につけていたMinakusiのネックレスそのもののように思えた。




ずいぶんと昔からお守りのように常に身につけているそのネックレスは、太陽系の惑星の配置を冠した名前を持つ、東京のブティックで見つけた一点物。









事実、タイの少数民族の古いお守りがトップパーツとなって構成されていて、インドの腕利きの職人がカットを施したという繊細な雫型の清らかな水晶の粒が、身を清めてくれる。

この球体のお守りの中には、目に見えない小宇宙が閉じ込められていると信じて疑わない。


世界中から集められた骨董パーツで星屑を束ねるように創られたこのネックレスのおかげだと思う。

これまで世界のどこに行こうが、安全に過ごすことができたのは。




もう一つ、世にも素敵なネックレスを身につけたことがある。

儚い夢のように、初夏の限られた時期のみ出会うことができるそれは、スコラ(Skoura سكورة)という街を訪れた時のことだった。






砂漠のオアシス」とも呼ばれているこの街で、クリーム色の土壁の宿で羽を休めた。


テラスからは見える景色は、オアシスと青空だけという贅沢な借景。



ちょうどこの地方の特産物のダマスクローズの収穫が始まったばかりの頃だったおかげで、街を散歩していた時に、偶然にそのネックレスに出会えたのだ。



そう、そのネックレスとは。

ダマスクローズの蕾の花輪ネックレス。


身を動かすたびに芳しい香りが立ちのぼっては舞う、最高のアクセサリー。

どんな宝石にだってかなわない魅力に満ちた自然の産物。


薔薇の香りをまとった贅沢な1日を過ごし、夜半を過ぎた頃に闇夜のオアシスを堪能しようと、宿のテラスに出てみた。


思いがけないサプライズ。

そこには満天の星空が広がっていた。


人生であんなにたくさんの星を瞳の中に収めたことはなかった。

漆黒の闇に点描画のようにひしめき合って輝く星たち。

数分に一度、走る流れ星。


風さえも吹かない初夏の宵闇。

耳に聴こえる音は何もなく、限りなく完璧な無音の世界。

光るものはただ星と月だけ。

デッキチェアに腰かけて空を見上げ、長らく星屑に包まれていると、自分が地球上にいることすら忘れてしまいそうになった。



花輪を枕元におき、目を閉じるとまだ脳裏には星屑が舞っていた。

あの流れ星の向こう、もっと向こうにあるのは、水金地火木土天冥海

そのもっともっと遠くへ、想いが浮遊し、空想は宇宙の果てへとワープする。



薔薇の香りが漂う暗闇で眠りに落ち、宇宙のさらに彼方にあるはずの遠国 [ Antipode ] の夢をみた。





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