第4話 眠りに落ちる前の貴婦人

最終更新: 2018年7月10日



1889年のパリ万国博覧会のシンボルとして建設された、誰もが知るこの街の象徴的な存在。



近づいてその足元を見上げると、緻密なレースのような鉄細工。


その塔のことを、「鉄の貴婦人」とパリの人が呼ぶのもそのはず。

「塔」はフランス語では女性名詞だから、というのが理由ではないと思う。


彼女のスカートの縁飾りはとてもたおやかで優美。その佇まいはどこから見ても女性的。






あらゆるところから、その姿をひょっこり現わす彼女。

スタイル抜群。




とある日のこと。

5区、パンテオン近く。

6月の夕暮れの空は、青色と黄金色で彩られていた。


オスマン様式のアパルトマンが夕日に照らされオレンジ色に染まっているだけでも、ため息をもらすのには充分だったのに、リュクサンブール公園の茂みの向こうから彼女がこちらを覗いているのに気づく。






パリの街は、ナポレオン3世時代、つまり19世紀中盤から終盤にかけて都市計画に真摯に取り組み、建物の高さ制限を完璧に設けたことにより今もなお、世界でも稀な統一感を誇る街。








長年ここに暮らしていても、その端正なる美しさには、しばしば立ち尽くすほど。



そのように見事に整った街並みに、異素材の鉄で出来た背高のっぽの彼女が登場した当時は賛否両論となり、話題の的になったのも想像がつく。本当ならばパリ万博後に解体の憂き目に遭うところ、彼女はただの鉄の塊ではなく、電波塔として機能することでその難をまぬがれた。

そんな彼女も、今やパリの顔。


いろんな表情を持つ、貴婦人。


小春日和の日は、ほほえんでいるようにさえ見えたりするから不思議。



日が沈むと、お色直し。

金色のドレスを纏う。



おぼろエッフェル。

たしか、この日はお月見の日だった。






国民的歌手ジョニー・ハーディが亡くなったときには、喪に服し、ドレスが灰色に染められたその夜は粛々と佇んで。








雨の日も風の日も、彼女が毎日欠かさずに行う美しき夜のスペクタルがある。

それは、日没後の毎時0分から5分間、白銀のランプを全身にキラキラと眩き点滅させるというもの。


その様子は誰が言い始めたのか、

「シャンパンフラッシュ」

と呼ばれ、その形容の通りにシャンパンの泡が弾けたように麗しく瞬き続ける。


ある日の、タクシーの窓から。

シャンパンフラッシュの真っ只中の彼女を図らずも見れた日。

偶然にその瞬間に立ち会えたとき、何か素敵な事が起こるような気持ちにしてくれる。



日没から午前0時までのシャンパンフラッシュは、金色のドレスを纏ったまま点滅するけれども、一日に一度限りのスペシャル・ヴァージョンがあるのを知ってる人は、ひょっとしたら少ないかもしれない。

それは夜更かしをしないとみることが出来ない、貴婦人が眠りにつく前の午前1時からの5分間の秘め事。


一日の最後を飾るシャンパンフラッシュ。


彼女は午前1時になると、すっかり金色のドレスを脱ぎ、漆黒のネグリジェに着替える。

そう、それはつまりエッフェル塔の消灯時間。

彼女のシルエットが真夜中の暗闇にすっかり溶け込み、もう眠ってしまったのかと思った次の瞬間に、白銀のランプだけが静かに点滅する。


他の時間帯のそれが「動」だとすると、最後のそれは「静」。

その姿は清らかで気高く、蝋燭を吹き消して無音の中で執り行われる舞踏会のよう。



午前1時5分。

彼女はようやく、静かに眠りにつく。パリの人たちとともに。



その眠る姿も、やはり麗しく。



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