第7話 砂丘時計

最終更新: 2019年4月20日




 砂漠からの呼び声。


 年明けから立て続けにふたつの砂漠に旅する機会が舞い降りてきた。まるで手招きされるかのように、ごくごく自然ななりゆきで。


 サハラへのアクセスは、中継の街 ワルザザート(Ouarzazate ورزازات)から分岐してメルズーガ(Merzouga مرزوڭة)方面からとムハミド(M’hamid محاميد)方面からのふたつのルートがある。砂漠とひと言で言ってみても、このふたつでは風貌がだいぶ異なり、それぞれ女砂漠、男砂漠と形容されるとも聞く。言い得て妙。女砂漠、すなわちメルズーガのさらさらしたきめの細かい砂や砂丘のミステリアスな稜線は、訪れるものを優しく、と同時に、逃さぬものかと迫るように包み込む。これに対して男砂漠のムハミドは砂漠の入り口に広大な土漠が広がっていて、地面はごつごつしている。旅人を迎える姿はいかにも無骨。


 今回はそのうちの、男砂漠を訪ねたときのこと。

 

 あるいは、より厳密には。砂漠から戻った後の、その後に起きた出来事。





 ザゴラ(Zagora زاڭورة)から南下すること約1時間半。砂漠へ分け入るための起点の町、ムハミド。廃墟なのか半ば砂に埋もれた家々。砂がなだれ込んだスーク跡。砂漠がもうすぐそこまで迫っていることを暗示する視覚的インパクトの連続。


 ここからは四駆に乗り換えて土漠が続くオフロードを行く。カーステレオからはTerakaft。流れる風景に溶け込むデザート・ブルース。


 2時間ののち。やがて高さ300mを越すともいわれる砂丘群がひしめくシェガガ砂丘(Erg Chegaga عرق شڭاڭا)には、日没と同時にたどり着いた。






 夜の8時、十数分前。右に太陽、左に満月。


 ちょうどそのふたつの間に素足で立つと、地球もまた数多ある星のひとつであることを実感する。砂の上での深呼吸。突如目の前に出現した砂丘の起伏に囲まれ、その稜線に立ち、たどり、徐々に暗くなりゆく中で今ここにしかない静寂を聴きながら。陽は沈みつつあり、月は光を帯び始める。





 夜のビヴァーク。この日は満月。暗さの中で一層強さを持った月光のせいで、一帯に広がる砂は青い。


 テントの中、ごく浅い眠り。すぐ間近に月の存在をあまりにも強く感じたからかも知れない。






 満月の夜の、それも野営明けの翌朝は、寝不足にも関わらず日の出のころに自然と目が覚めた。心なしか軽い身体。








 長旅の直後からすぐにマラケシュの慌ただしい日常の中に舞い戻ったにも関わらず、それからの数日間は朝の目覚めが以前にくらべて明らかに良い。この小さな異変をうれしいながらも怪訝に、そして不思議に思ったものの、やがてひとつの気づきとともに「すとん」と腑に落ちた。


 アーシング(earthing)。いつもより一層ひどい時差ボケに悩まされていたある時、効果があるからと人から薦めてもらった。裸足の足を土や芝生に着け、リラックスした状態で15-20分ほど座り続ける。すると自ずと時差ボケが解消するのだという。日本の都会の中ではついぞ試すチャンスがなかったものの、今回の一件では思いがけず確かな砂の神秘に触れることとなった。砂丘の時空間と心身のシンクロがこの数日の間の目覚めの良さの答えだったなんて。


 いつものマラケシュのいつものスーク。雑踏の中での突然のフラッシュバック。遠く離れたシェガガでの情景が忽然と。決して長くはなかったはずの一瞬の長回し。


 その瞬間、神の秘密をまたひとつ肌で知ってしまったような悦に浸った。思わず、こっそりと。足の裏に残る砂の感触、心地良い余韻とともに。





- Address -

Erg chigaga

Mhamid el ghizlane, Mhamid

45400 Zagora

MAROC






- Music for SAHARA -

“Tamatant Tilay/Exodus”

Herbie Hancock

(Feat. Tinariwen, K'naan And Los Lobos)



“Tzenni”

Noura Mint Seymali










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