第11話 千夜一夜タクシー

更新日:2019年4月20日




 プチ・タクシー(petit taxi)とグラン・タクシー(grand taxi)。後者が町と町を結ぶ長距離移動のための手段だとすると、前者は町の中を走り回るための足。






 プチ・タクシーは町によってそれぞれのカラーを持つ。その町のイメージにぴったりの色だったり、意外な驚きを見せてくれたり。ルールを守れない無秩序なこの国において、しっかり遵守されている何とも愛らしい条例。


 ピンクの街並みを行き交うマラケシュのタクシーは、くすんだカスタード・イエロー。どこからか到着し、空港や鉄道駅から出た途端にこの色が目に入ると、ホームタウンに戻ってきたことを実感する。





 王室が所在する首都 ラバト(Rabat الرباط‎)はブルー、商業の中心であるカサブランカ(Casablanca الدار البيضاء)は赤。国旗の赤と王都のイメージは重なり合うし、港街のカザには青が似合う。取り替えた方が絶対良いのにと独りごちる。





 とは言え、白い街 カサブランカを疾走する赤いタクシーは、大都会のシンボルとして国民の意識に定着している。マラケシュで時々、塗り替えたものの細部まで塗装しきれておらず、もともと赤い車だったことが一目で分かるようなタクシーに遭遇する。そんな時は「あなたってカザウィ/ビダウィなのね」と笑い合う。どちらもカサブランカっ子の意味で、マラケシュではそれは少し、「君、ちょっと気取っているね」のようなニュアンスにも響く。冗談があいさつ代わりになる陽気なこの街では、一期一会のタクシードライバーとも毎回が即興の掛け合い。





 エッサウィラ(Essaouira الصويرة‎)はルーフだけが白で車体はターコイズブルー。どことなく常にくぐもった空、飛び交うカモメ。貿易風の通り道である街の印象にぴったりの、海風を思わせる色。





 アーティストたちの街 エッサウィラで印象に残っている逸話としては、いつだったかコンセプチュアル・アートのイベントとタイアップしていたインスタレーション・タクシー。「ici(ここ)」というステッカーを貼ったタクシーたちが旧市街の内と外を行き交う。一ヶ所にとどまることのない、ノンストップで移動し続ける「ここ」という場所。





 カラア・ムグナ(Kelâa M'Gouna قلعة مݣونة)では、ダマスク・ローズの産地という誇りを自ら演出するかのようなルミナスピンクのタクシーが、町おこしの気運を物語る。


 青い秘境 シェフシャウエン(Chefchaouen شفشاون)。ここではタクシーまでもが水色に染められていた。








 白に混ざった煉瓦色、あずき色、淡いピンクにクリーム色。四角い色が散りばめられた、コラージュのような景観のウェザーン(Ouazzane وزان)。まるで町並みから飛び出て走り出してきたひとひらのモザイクのような、頭とお尻が白い山吹色のタクシー。





 西サハラのラーユーン(Laâyoune العيون)は斬新な白と赤のバイカラー。依然として歴史的・政治的に曰く付きとされるエリアにおける、どこか型破りなタクシー。






 斬新さという意味ではタンジェ(Tanger طنجة)も負けていない。エメラルドグリーンに黄色の細いラインという垢抜けたデザインは、スペインの面影が残る街並みによく似合う。タンジャウィ、すなわちタンジェっ子と言えば、ひと昔前までは一筋縄ではいかない狡猾な人たちというステレオタイプが根強かった。今となってはその機転がスタイリッシュに応用され、この街の持つ洗練された雰囲気が、地中海の街まではるばるやって来たという感動を盛り立ててくれる。







 マラケシュに移り住む10年ほど前まで暮らしていた大西洋岸の町 ワリディア(Oualidia الوليدية)にはタクシーはなく、代わりに活躍していたのはハッターフ(khtaf خطاف)と呼ばれる非合法の、いわゆる白タクシー。憲兵隊舎の前を臆することなく行き来するハッターフは、地元民に必要不可欠な交通手段。運転手たちの存在は、町の中心から離れた集落の住人たちの頼りの綱でもあった。


 小さなこの町では、国際郵便小包の受け取りや公共料金の支払いができなかったため、当時は60kmあまり離れた中都市 サフィ(Safi أسفي)かエル・ジャディーダ(El Jadida الجديدة)までしばしば足を運ぶ生活。


 先日久しぶりに訪れたサフィで見かけたタクシーは、白の車体に市松模様のラインが入っている。以前は陶工の街のキーワードにぴったりな白一色だったと思うのだけれども。聞けば、つい1,2年前から新しいデザインが導入されたとのこと。


 いわしの水揚げ量がモロッコ最大とされるこの街の、なんだかオイルサーディンの缶詰のパッケージにも通ずるレトロなグラフィックの新柄タクシーは、かつての地元愛もあいまってかすぐにお気に入りのひとつになった。






 そして、ポルトガル風の雰囲気が開放的な街 エル・ジャディーダはアイヴォリー。いつだったかタクシーを拾い、海方面の中央郵便局に出向いた際の、運転手の言葉が印象に残っている。「海を見るのは今日はこれで初めてですよ。」


 彼らの見る風景は乗客の目的地に委ねられている。今日という1日が人との出会い、すれ違いで決定されてゆく。なんの変哲もないようでいて、毎日にストーリーがある。この一言の響きが忽然と、タクシードライバーという生業をロマンチックな職業というカテゴリーに書き換えてしまった。






 それは、ある夜更けに届いたメッセージから始まる。999番のタクシーを見たという差出人。それは夜空の遥か彼方、銀河へまでも走って行ってしまうかのよ