第14話 パステル蝶々夫人

最終更新: 2018年9月7日



ローマに暮らすアーティストの親友の勧めにより、夏のヴァカンスの旅先がすんなりと決まった。

蒼い海と昼寝とVespa。それとシンプルなイタリア料理。

それだけ揃えば、充分な旅の目的になる。


バックパックを背負って旅から旅へと、アクティヴにアジアの国やインドあたりを巡る旅を昔はしたものだけども、年をある程度かさねた今は一つの場所にじっくり留まり暮らすように滞在する、という旅のスタイルがしっくりくる。観光はほどほどに、時計を気にせずに過ごすことが最優先なので旅先を決めるときにも実に迷いがない。そこに暮らしてみたいかどうか、考えるのはそれだけ。



それに、イタリアを拠点に世界中の島を渡り歩いて旅してきた彼女が勧める小島を選ぶことに、間違いがあるはずもない。




彼女とは、しょっちゅう連絡を取り合うわけでもないし、数年に一度、会うか会わないかという関係。

だけども、会う頻度と友情は決して比例しないと証明できるようなエピソードがある。








美しい包装紙で包まれた品を頂くと、その包装紙を捨てることができず、大事に仕舞っておくのが二人の共通の癖だということが発覚し、笑い合ったことがあった。

そんな話を忘れかけていた数年後に、手持ちの美しい包装紙を持ち寄って彼女と二人で品評会と交換会をしている夢をみた。目覚めた翌日に久しぶりに電話をかけて夢の内容を語ってみたら、「実は引っ越しすることになって、それで集めていた包装紙をどうしようか悩んでいたところだった。」と、驚きながら彼女は言った。


あるときは、人生の選択に頭を悩ませていて二進も三進もいかなくなり、完全に行き詰まっていた日があった。すると夕方に突然、電話が鳴った。電話の主は滅多に電話などしてこない彼女だった。

「今、テラスでお茶を飲んでたら蝶々が飛んできて。その蝶々が貴女だと思ったの。大丈夫?何かあった?」



理屈では分析できないような魂レベルの不思議な繋がりを、彼女とは感じている。



そんなエピソードを懐かしく思い出しながら、彼女のお勧めの小さな小さな島に辿り着いた。

ここは、イタリアのアーティストが別宅やアトリエを持つことで一部のイタリア人には知られてはいるけれど、いわゆるまだまだ無名のパラダイス。



船にどんぶらこと揺られて、ようやく到着したティレニア海に浮かぶパステル色の港町。

この海を延々と西に進めばジブラルタル海峡に行き当たり、そこはモロッコの北の玄関口、港町タンジェ。ヨーロッパとアフリカ間の交易で賑わっていたその昔は、イタリア本土から運ばれたものがこの小さな島を通過してタンジェに届いていたのかもしれない。




島の人たちはのんびりしたムードで暮らしていて、大和時間で人生が動いているように見える。













ポカンという音とともに時計のネジが緩んで飛んでしまいそうなくらいに平和だ。








三日月型のうつくしい湾が佇み、寄せては返す波の音が控えめに聞こえてくる宿の部屋に、居住まいを正す。



ガイドブックなどはこの島では要らないし、そもそも存在しない。

数時間もあればVespaでぐるっと島を一周できてしまうよ。と島の人は笑う。


港に佇む地元の人たちが集まるバールに毎日通っていると、店主はすっかり顔を覚えてくれて「チャオ!元気?」といつしか挨拶を交わすようになり、アペリティーボの時間に行けば、おつまみを必ず大盛りで運んできてくれようになった。

となりのテーブルに座った白髪・白髭にレイバンのティアドロップがとても似合う色男のシニョーレは、話してみたら滞在している宿のオーナーだったというぐらい、親密な島の規模感。






毎朝カフェ・マッキャーノを一杯ひっかけたら、Vespaに跨り、海沿いをひた走る。

偶然の出会いを期待して。








ある日はこんなふう。

紺碧色が殊の外まぶしいシュノーケリング・ポイントを発見した。

港からかなり離れたこの場所は、おそらく地元の人ぐらいしか来ないのかもしれない。

海に飛び込みシュノーケリングを堪能したら、甲羅干し、を繰り返す。



そろそろお腹が空いたと感じたら、アンテナを変えて食堂探しに出かけるべく、またVespaに跨る。







山間の一軒家の軒先で定置網の修繕をしている男性がいたので話しかけると、おいらはそこの食堂のオーナーもやってるよ、なんていう偶然の出会いもあり、どう考えても美味しい逸品が出てくるに違いない漁師直営の食堂にたどり着けた。








地元でとれた魚介類がたっぷりの前菜の盛り合わせに、赤エビの濃厚なブイヨンを吸い込んだパスタは、この旅の中でもとりわけ忘れられない味となった。








ある日にはVespaを休ませ、昼寝をしに海に出かける。

港のサルメリアでスップリやパニーニのランチを調達してから、港で小船を借りて海へと漕ぎ出す。














お気に入りの昼寝ポイントを探すべく、舵をとる。

ここと決めたら錨を沈め、透明度の高い静かな海に揺られてながら、船上で日がな一日を過ごすのがこの島でのお勧めの過ごし方のひとつ。






この日ばかりは特に、どこまでもありのままの欲望を受けいれるのを楽しむ。

食べたい時に食べ、飲みたいときに飲み、泳ぎたくなったら船から海にぽちゃんと飛び込み、魚たちと戯れる。




泳ぎ疲れたら小船に戻って、波に揺られながらの昼寝を好きなだけ貪る。






港に戻る頃にはちょうど、アペリティーボの時間。

いつものバールに立ち寄ってルビー色のサンヴィッテルを飲んでいると、パステル色の蝶々がふわりと飛んできた。


「どう?ここ気にいった?」


彼女がそう言ってるように感じた。


次の旅先が決まった。

久しぶりに彼女に会いに、ローマへ行こう。







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A small Italian "HIDDEN" island





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