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第16話 天空の賜りもの

更新日:2018年9月14日



それぞれの区に特色があり、暮らし方、果ては生き方、つまりは人生の方向性に合わせて腰を落ち着ける区を選ぶパリっ子たち。つまり、暮らしている場所がどこか分かれば、その人の為人が分かってしまうと言っても過言ではない。


街の真ん中をまっぷたつに隔てるように、東西に「への字」のフォルムで静かにたゆたうセーヌ川。川の中央から北上したオペラ座がある周辺から順番に、エスカルゴのように渦巻き状1

〜20の区に分かれ、川を挟んで北側を「右岸(rive droit)」、南側を「左岸( rive guche)」と呼ぶ。



右岸・左岸、どちらの岸に暮らすパリっ子も、頑固に「セーヌ川は滅多に渡らないわ」という人もいるぐらいに、お気に入りの区内で日常生活の全てを済ませるのだ。




暮らして、働いて、友に会い、行きつけのパン屋、カフェ、食堂、花屋をぐるぐる。








引っ越しすることになっても、同じ区内のできる限り近所にアパルトマンを見つける努力をする人も少なくない。最近のこと、友人は住んでいたアパルトマンから400mのところに引っ越しをした。









それほどにそれぞれ好みの区がはっきりしていて、お気に入りの日常・行きつけを簡単には変えたくない、ということなのだろう。やはり、ライフスタイル=暮らす地区、という誇りがあるのだと思う。







引越しをしたらまず探すのが、お気に入りカフェかもしれない。

パリという街は歩けばカフェに当たるほど、辻々にカフェがある。



実際にいま暮らしているアパルトマンに越してきたばかりの頃、自宅周辺のカフェにひととおり通ってみて、馴染みの店をどこにするか決めたものだ。最低でも1日に一度は通うことになる第2番目のサロン(居間)のような場所だから、珈琲の味だけでなく、お店の人や、もっと言うなら常連客との相性はとても大事。





行きつけのカフェのパトロンの名前はもちろん、カフェのウエイターの名前もいつしか覚えて、そして覚えられて、ファーストネームで呼び合う。そうしているうちに、注文しなくても挨拶をしただけで好みの飲み物を出してくれるようになれば、常連の仲間入りだ。






立ち飲みのバーカウンターで常連客たちとは何でもないことを話す。

お天気のこと、最近のお気に入りのレストランのこと、政治のこと、ヴァカンスの行き先など。

話題の幅は無限大。


ある日にパリの景観について話題になった時のこと。

そこにいたみんなが同意した、「パリの残念なポイント」。

そう、どうしてもこの街の中に目障りなものがある。あの建物さえなければパリは完璧なのに。



エッフェル塔が腰を据えるシャン・ド・マルス公園(Parc du Champ-de-Mars)の延長上、左岸の南にそびえるこげ茶色の四角い大きな塊。

トゥール・モンパルナス(Tour Monparnasse)こと、「モンパルナスタワー」がそれだ。

右岸のかなり北に上がったモンマルトルの丘まで登っても、その黒いタワーはそこにどっしりとそびえ立つ。



ご近所カフェの常連客における調査にすぎないとはいえ、1970年代に建設された59階建てのこげ茶色の高層オフィスビルが目に入るたび、その姿に毎度失望した気持ちになるパリっ子は結構いるみたいだ。


だからってどうしようもないしね、と皆でため息を漏らしていた時に、常連客の一人が絶好の対策を提案してくれた。


「トゥール・モンパルナスの最上階からの眺めはパリで一番美しいんだよ。なぜなら、パリで唯一トゥール・モンパルナスが見えない場所だから。なんていう言い伝えがあるよ。」


なんと理に適っているんだろうと目から鱗。

それならばと、苦手としていたタワーに接近し、56階にあるというカフェまで登ってみることにした。


いつものパリがまるで箱庭の模型のように見えて、その光景はあまりにも現実味がないほどまでに圧巻の眺め。



言い伝えの通り、パリで1番の絶景が見られる場所に違いない。

モンパルナス墓地(Cimitière Montparnasse )のシンメトリーな全貌もタワーからは手に取るように見

えた。



かつてこの墓地の徒歩圏に暮らしていたときには、ご近所カフェに一服に立ち寄る前、ちょうど午後15時頃の散歩コースとしてしょっちゅう訪れていた。お墓を散歩するなんて。と思うかもしれないけれども、老若男女問わず墓石を眺めつつぶらぶらと歩いている人たちとしょっちゅうすれ違う。





並木道は手入れが行き届いており、なんと言っても暮石や霊廟の造りがエレガントで情緒があり、まるで美術品を見ているようなのだ。







故人の意思なのだろう。その人の座右の銘や、ポエムが墓石に刻んであったり、個性豊かな墓石もあちこちに。




セザールの墓石の上には彼の作品が飾られていたり、星になった人たちのパーソナリティや偉業を垣間見れて実に面白い。




休憩できるように眺めの良い場所にベンチまで設けてくれているので、疲れたら空を仰いで休憩だってできる。晴れている時の午後の光はとても柔らかく、神々しい。




教会で儀式を終えた棺桶が墓前に運び込まれ、家族や友人に見守られながらこれからまさに土に埋葬されようとしている風景に、たまに出会うこともあるけれど、C'est la vie.(それが人生ってもんさ。)いつかは誰もが通る道だ。






モンパルナス墓地には、多くの偉人が眠っていて、ざっと思い出すだけでも、サルトル、モーパッサン、ボードレール、マン・レイ、ウジェーヌ・カリエール、マルグリット・デュラス、アンドレ・シトロエン、ジーン・セバーグ、ジャック・ドゥミなどなど。


歴史上の憧れの人に会えるチャンスが、ここにはゴロゴロあるのだ。



墓地の中心あたりに愛しのセルジュ・ゲンズブールが眠っているので、散歩のたびに彼のお墓参りによく行ったものだ。こんなにも彼と気軽に会える関係になるだなんて人生は美しい。



彼の墓前にはいつもファンから花が手向けられており、お参りに忘れてはならないのがメトロのチケット。


1959年の彼の30歳の時の、デビュー作にして代表作「リラの切符切り(Poinçonneur des Lilas)」に因んだ粋なお供え。誰が始めたのか、メトロの切符をお供えして帰るのが定番だ。




「リラの切符切り」はメトロ「Porte de Lilas」駅で来る日も来る日も切符を入鋏し続ける男の、切ない嘆きを歌ったコミカルなリズムの一曲。ひとたび聞くと耳から離れない独特のゲンズブール節。

スピード感あふれるメロディから、せわしなく穴を開け続ける様子が想像できて、虚しさが募る。


『この穴から抜け出すために、僕は穴を開けるんだ。

ちいさな穴。ちいさな穴。いつだって小さな穴。2等車の穴。1等車の穴・・・。』


ある日、早口言葉みたいなその歌詞を心の中で呟きながら彼のお墓から出口に向かっている時のこと。目の前には鴇羽色の花道が敷かれていた。



「天空のゲンズブールからの粋な贈り物に違いないと思う。」


・・・と、当時の行きつけカフェのバーカウンターで興奮気味に話したら、「きっとそうに違いないね」と静かに同意しながら、いつものムッシューが黙ってカフェ・ノワゼットを、すっと差し出してくれた。




- Address -

Le 360 Café

33 Avenue du Maine

75015 Paris

FRANCE

(Tour Monparnasse 56階)


- Address -

Cimitière Montparnasse

3 Boulevard Edgar Quinet

75014 Paris

FRANCE














- Music -

“Poinçonneur des Lilas” Serge GAINSBOURG


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