第23話 アルチザンの声

最終更新: 2019年2月23日




 フランコフォニー。この言葉には、どことなく魅力的でポジティヴな響きがある。フランス語が広く話される地域や国、いわゆる「フランス語圏」を表す言葉。





 先日訪れた西アフリカのブルキナファソ、コートジボワールでは、同国人の間で外国の言語であるフランス語が交わされていた。ひとつの国家の中に多くのトライブやエスニック・グループ、言語が共存するサハラ以南のアフリカの国々ならではの現象に覚えたのは、カルチャーショックにも似た驚き。歴史の足跡を感じながら。









 モロッコもフランコフォニーのひとつと数えられる。実際、ひとたびこの国に降り立ってみると、多くの人がフランス語を話すことにすぐに気がつく。観光地や公的機関ではもちろんのこと、たいていの都市部では市井の人々にもかなりフランス語が通じる。そのためかフランス語が公用語だと思われがちだけれども、モロッコの公用語はアラビア語とベルベル語のふたつ。サハラ以南とは事情が異なり、ここではフランス語はあくまで準公用語、第一外国語に過ぎない。





 フランス語さえ話せればモロッコ旅には何不自由ないという印象を受けるし、それは本当のこと。けれども、あえてもう一歩踏み入ってみる。次第にもう少し違った角度からこの国のことが見えてくるはず。









 職人の世界。そう、ここはアラビア語一色の世界。


 言われてみれば気付かなかったことがあった。このところマラケシュでは職人難が深刻で、腕のいい職人に出会うことが非常に難しい。その遠因のひとつに、幸か不幸か国の政策として義務教育が強化されたことがあるという。


 この10年ほどの間で関わってきた職人たちは偶然にも同世代が多い。当時は職人としては若手だという印象を持ったものだった。彼らはみなほとんどフランス語を話せず、アラビア語についても読み書きが決して得意ではない。大都会の出の若者である彼らなだけに、当初は意外だという所感を持ったことを覚えている。それでも今までその理由を考えたことがほとんどなかった。


 出会った頃にはやんちゃの盛りだった彼ら同年代の職人たちも、そろそろ付き合いが長くなるにつれて、ふと気付けばお互いすっかり歳を重ねた。結婚し、子を授かって父になり、顔にはいくらかの皺が刻まれ、みなそれぞれ貫禄と深みを増した。そんな彼らは義務教育がまだ定着する以前のゼネレーションにあたる。











 読み書きを習うよりも先に、親やまたその親、親類、あるいは地域の親方職人に幼いころから小僧修行に出させるような時代があった。フランス保護領時代のフェズ、ボウルズの小説の中の主人公が陶工職人に弟子入りしているストーリーは、そんな古き時代の雰囲気を垣間見せてくれる。


 彼らはその末期を知る最後の世代。フランスからの独立後、識字教育が徹底される直前の、その束の間の期間の申し子たち。






 時代は移り変わり、児童の人権の観点から丁稚奉公が良しとされなくなった昨今の風潮の中で、義務教育を終えた後に進学を望む子どもたちが増えてきた。そのためもあって、半ば大人になりかけてから職人の道を選ぶという若者がなかなかいないというのが現状であるのらしい。


 こうして奇しくも彼らは、「丁稚」の伝統を継承する時代の職人として「最後の世代」となった。








 一方で、時代の流れからいや増して急激にレベルが上がるばかりのバイリンガル人口。その能力には本当に脱帽で、フランス人やベルギー人が目を丸くして驚くほど。とは言え、それでもやはりフランス語はモロッコの「国語」ではない。そしてさらに、このモロッコの公の言語のひとつであるアラビア語にも、またひとつ特別な事情がある。


 この国で話されるアラビア語は中東のアラブ諸国で使われるいわゆる正則アラビア語 フスハー(الفصحى)とは異なっていて、ダリジャ(darija)と言われるモロッコに独特のアラビア語。せいぜい近隣のアルジェリア、西サハラやモーリタニアあたりで通じるかどうかといったもの。


 ダリジャは口語(話し言葉)なので、原則的に文字で書き表すものではない。音として発することはできても、文字に起こせないのだ。そのため、読み書きをするためには母語であるダリジャに加えて、アラブ諸国で「標準」として位置づけられているフスハーを習得しなければいけない。例えばダリジャでは「黒」のことを「カハル khal」と表現・発音するけれども、文字で書き記すときには「アスウァドゥ أسود」とまったく別の言葉を用いる。


 これを日本語での日常会話に置き換えて想像してみる。例えば仮に、口では「台所」だとか「キッチン」と表現していても、書く時には必ず「厨」と書かなければいけないというルールがあったとしたら。例えば、「オレンジ」を「甘橙」と、ダイヤモンドを「金剛石」と書かなければいけないのだとしたら? モロッコでの状況は少しだけそれに近いかも知れない。


 書き残せない言葉。後世に伝える方法は口承となる。それは何だか、見よう見まねで自らの感覚で身につけてゆく伝統工芸の在り方と重なって見える。






 近ごろ、彼らの子どもたちがちらほらと工房を出入りするようになった。ただし、今は昔と違って、学校がない日や夏休みに限ってのこと。糸巻きや革屑拾いをさせる。もどかしそうに、しぶしぶ従う。


 生の自然素材に触れ合う時間。大人たちに混ざって。「課外教室」という名前に変えてみると、工房が今の時代に必要な学び舎になる。





 ほかの子がパイロットになりたいという夢を持つのと同じように、自分は職人になりたいと願った。そんな話をしてくれた、やはり同世代の職人と仕事をしていたことがある。革なめしの工房が多く存在する地区では、革の匂いとともに育ち、ごく自然に職人の道に入ったという者も少なくない。


 母の言葉 ダリジャで語る声。そのリズム、抑揚、息遣いには生の響きがある。生粋とは、ある意味ではそいうことなのかと思う。彼らの子どもたちが、同じ言葉で同じ夢を語る日は来るのだろうか。職人気質に特有のこの声色で。






 最近のこと。ある出来事がきっかけで、カフェの一角を利用して外国人にダリジャを教える若者たちに出会った。フランス語どころか、むしろ英語を得意とするさらに新しい世代の学生や文学部卒の新社会人たちによる画期的な試み。レッスンは毎日行われていて出入りは自由。過去を手放し忘れるスピードも速いけれども、新たな未来を作り出す動きの早さも実にモロッコらしい。


 スークの雑踏を抜けて、いつも決まって15時に。ここの扉をノックしてみることで、今まで見えていたモロッコの風景、聞こえてきていた音がすっかり変わってしまうかも知れない。





- Address -

Henna Café

93 Arset Aouzal Souikat

40000 Marrakesh

MAROC






冗談と笑いが絶えない工房、時には大声で喧嘩もしいしい

「最後の世代」を誇りに思いつつ



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