第24話 冬時間狂想曲 

最終更新: 2018年11月10日




並木のプラタスが色づく季節がやってきた。

枯葉が舞い散る晩秋の密かな愉しみといえば、道いっぱいに敷かれる黄金絨毯の上を歩くこと。

歩みを進めるたびに、さわさわさわ、と乾いた音が奏でられ、どことなく漂う葉っぱの香りから季節の足音を聴く。



黄金絨毯ポイントはそこかしこにあるけれど、ソルフェリーノ(Sorfelino)駅からサン・ジェルマン・デ・プレ(Saint-Germain-des-prés)駅までのサン・ジェルマン大通り(Boulevard Saint-Germain)のシックな佇まいのアパルトマンやブティックが長く連なる並木道や、セーヌ川沿いの遊歩道は特に情緒を感じる。




そうでなければ、パリの公園はどこも緑豊かなので、この時期は黄金絨毯の遭遇率が高まるため、公園の近くを通ることがあると、絨毯探しについ足を向けてしまう。







孔雀が自由に散歩をするブローニュの森の一角にある公園では、秋色のグラデーションが出来上がっていた。



緑色、オレンジ色、黄色、茶色の絵の具を滲ませたような世界。

脳裏にはChilly Gonzalesの旋律がこだまし、その風景に音がするりと溶け込む。




この季節の朝の光はとりわけ柔らかい。

湿度を少し帯びた光が瞼を通して瞳に届き、目覚めて時計をみる。


「よく寝たのにまだこんな時間なのか。」


そうだった。昨夜の午前2時に1時間、過去に戻ったのだった。




フランスは10月の最終日曜日に、夏時間が終わって冬時間に戻った。

つまり壁の時計が差している時間よりも、事実として1時間多く眠ったことになるので、このような感覚を持つのはまこと自然なこと。

壁にかかっている時計と体内時計の時間が一致しないこの感覚は、毎年のことながら小さな時差ぼけに身体がしばらく戸惑う



〈 サマータイム 〉と呼ばれるこの制度が本格的にフランスで始まったのは、今から43年前の1975年のことだったそうだ。

当時はオイルショックの影響からエネルギー電力節約と、夏の間の日光の恩恵を存分に受ける目的から始まった。


夏時間は、3月の最終日曜日の午前2時に時計を1時間進める。

冬時間は、10月の最終日曜日の午前2時に時計を1時間戻す。


冬時間が標準の時間で、夏時間がサマータイム期間の〈特別枠〉の時間ということになる。

そのように時間を操作することにより、最も日の長い夏至には、6:00に陽が昇り、22:00にようやく日没を迎える・・・というような状況が整い、就寝時間までの電力がミニマムに抑えられるという理屈だ。



夏時間と冬時間のたった1時間の時差であっても、身体のリズムがやっぱり狂うものだ。

睡眠だけでなく、腹時計も1時間キッチリずれる。

専門家からは、生活リズムが狂うことにより、身体に害を及ぼす恐れがあるために、サマータイムをやめるべきだ、という意見が出ているようだ。


様々な観点から、この国民的大行事はそれほどまでに必要不可欠なものなのかと、一石を投じるムーブメントが方々で起こっているのは、当然のことのように思う。

それにいち早く気付いた欧州連合のいくつかの国々は、撤廃を謳い始めた。が、同時に擁護派の国も存在するため、欧州各国の意見がまとまらないまま、今年もいつものおきまの日に冬時間に切り替わってしまったけれども、2021年には撤廃か続行か決定される見通しだそうだ。


夏時間から冬時間への切り替えで大騒動が起こった国があった。

それはモロッコ王国。




モロッコは2008年からサマータイムを採用している。とはいえ、伝統的な暮らしを貫く旧市街や集落の人々は、1年中、変わらず冬時間で通しており、夏時間という概念がそもそも存在しない。もっと広い視点から言ってしまうと、西暦ではなく、イスラム暦を基準に人生を紡いでいる。



夏時間を採用しているのは、旧市街や集落の人々以外の層と、お役所関連の人たちというところかと思う。つまりは、国内間で1時間の時差が生じるということになる。

例えば冬時間で生きているの人と夏時間で生きている人が待ち合わせをすると、夏時間で暮らしている人が1時間待ちぼうけしてしまう。なんてことが簡単に起こりうるという、実にややこしいことになる。

とはいえ、冬時間で生きている人たちも夏時間の存在は知っているようで、待ち合わせの時には「どっちの時間のことでしょう?」と訊ねあい、お互いが待ちぼうけしないように打ち合わせをしているらしい。誰かと時間の約束するのさえ、シンプルなことじゃない。


何でも土壇場で事が変更になるのが日常茶飯事なお国柄と言えども、今回の決定は驚くべきことだった。どういうことかというと、国が冬時間に切り替える予定日からなんとたった数日前に一方的に「冬時間に戻さず、夏時間のまま貫く。」と決定したのだった。



夏時間を標準時間として設定するなんていう前代未聞な決定に、国民は随分と戸惑ったのは言うまでもない。それは、冬時間で生活する層の人々と、そうでない人々の〈 国内間での1時間の時差 〉が永遠に続くことを意味する。つまりは、今度は冬時間で生きている人が、永遠に待ち合わせ待ちぼうけをする可能性があるということになる。


そのニュースを聞いて、冬時間で生きる人々のことを憂い、心配したのだけども、ふと気付いた。時間に揺さぶられ、時間を捻じ曲げ右往左往する人たちのことを気の毒に思い、包み込んでくれているのは冬時間で生きている人々なのかもしれないと。

世間がどんなに騒ごうが、冬時間のまま生きる彼らの時計は、彼らのご先祖様が定めた時間のまま、人生を、時を、刻むのだ。大和時間で暮らす彼らには、1時間の国内時差さえも寛容に受け止める深い懐を持ち合わせているような気がする。



良い意味で不揃いの強さが生き続けるモロッコ。

だからこそきっと、この騒動も持ち前の柔らかな精神で軽々と乗り越え、そのうち急に、「やっぱり冬時間に戻してサマータイムを撤廃しましょう。」と、国が方針をまるごと覆すことを期待しようと思う。


自然だけでなく時間までもを支配しようとするなんて、どうかしているのだ。

枯葉の黄金絨毯の上をまっさらな心持ちで歩きながら、お天道さまと時間の関係とはなんぞや、、、と頭を冷やしてみよう。




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Jardin d'Acclimatation

Carrefour des Sablons, Bois de Boulogne

75116 Paris

FRANCE




- Music -

“Be Natural” Chilly Gonzal



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