第25話 柘榴ロマン

最終更新: 2019年2月23日




 8月。真夏のある朝、ベッドの中から電話が鳴り響く音を聞いた。まどろみの中、電子音のありかを突き止めるべく慌てる。サロンのどこかに置きっ放しだった携帯電話を見つけ出したものの、一歩間に合わず出ることができなかった。履歴を見ると、国際番号+81。日本からの電話。遠く離れた外国に暮らしていると、日本からの電話にはいつでも理由もなく心臓がどきりとする。誰だかわからない番号だったのだけれども、すぐに掛け直した。






 遠い遠い彼方の電話口に出たのは聞き慣れた、でも懐かしい声だった。今しがたの呼び出し音は、ちょっぴり特殊な仕事をしている友人からだったのらしい。にわかに安堵する。と同時に、少し前までの不安だった気持ちが、国際電話をするほどに緊急だったと思われる、その肝心の要件についての期待感に変わった。




 


 蓋を開けてみれば、意外で突拍子もない話が飛び出した。夏真っ盛りのこの季節に、仕事でざくろが必要になったというのだ。それも緊急で。モロッコではもう、ざくろは出ている?


 アフリカ大陸に位置するモロッコ。日本に比べると野菜や果物の旬は常にやや先取り。とは言え、8月にはまだざくろは見つけられない。仕事柄、中東に頻繁に出入りしている友人に聞いてみたところ、シリアではすでにあるという。しかも、その答えは「一年中ある気がするよ」と、ひょうひょうとしたものだった。


 中東には、ざくろは1年中あるのか。軽い好奇心に駆られて、ちょうどそのときトルコ、ウズベキスタンを旅していた友人に連絡をしてみると、いずれの国でも熟れた食べ頃のざくろが確認できたと言うではないか。その直後、自分自身が訪れた旅先の南インド。やはり、ここでも甘い甘いざくろを味わうことができた。





 そんな出来事があったせいか、今年は8月からざくろの味を待ちわびていた。モロッコでは初夏に花が咲き、熟れた果実は9月ころから出始める。








 季節は忽然と秋へと移り変わった。歩き回るのには一番良い季節かも知れない。赤い街 マラケシュを漂い動く。


 最近のムードはもっぱら赤やピンク色。無数のヴァリエーションが存在するマラケシュ・ピンク、それらが奏でるグラデーション。子どものころに大好きだった絵本の中に出てきた、赤いドワーフ(妖精)たちの赤色の世界を思い出す。真っ赤なとんがり帽子たちが、赤い彩りだけで完結している空間の中をせわしなく動き回る。















 赤にまつわる挿話。














 いつかの誕生日の日の朝、ドアをノックする音で起きた。扉を開くと、真っ赤なケイトウの花束が目に飛び込んできた。顔が隠れるほどに大きなブーケの向こう側には、赤いルージュを差した友人。







 その同じ日。ランチの予約をしていたDar Kawaでも、奇遇にも真っ赤なケイトウが飾られていた。


それ以来、なんとなく10月の色は真紅だと思っている。赤はパワーを与えてくれる色と言うけれども、実際、誕生日という日について人生の明度がまた少し増す日のように思うようになった。









 そして定着した、この日に祝いのざくろ酒を漬けるという習慣、小さな儀式。次の年の同じ日に愉しむために。










 さあ、10月、11月はいよいよざくろの食べごろ。黄色のざくろはざくろ屋さん。赤いざくろはジュース屋さん。赤い街を一層華やかにする果実のガーネットたち。






 ロマーン(رمان)。「ざくろ」を意味するアラビア語は、Rの部分を思いっきり巻き舌にして発音する。その情熱的な響きと音のニュアンスがそれだけですでに、この季節を盛り立てるロマンティックな装置となる。モロッコの秋の音、秋の色、ロマーン。


 イスラム色が今なお色濃く残るスペインのグラナダ(Granada)。この「グラナダ」というのもざくろが語源というのだから、やっぱりなんだかロマンティックで情熱的。





 去年くらいからだったか、マラケシュの街中にざくろジュースの屋台がにわかに出現し始めて。それからはあっという間にポピュラーになった。なんでも生搾りのフレッシュ・ジュースに使われる真っ赤なざくろはトルコ由来種とも、トルコからの輸入とも聞く。





 夕刻前のみそぎ。1日中歩き回った、その後、さわやかな疲れの中でごくりと飲むざくろジュースが一番好き。


 あるオーガニック化粧品のざくろのラインナップが気に入っていて、いっとき集中的に愛用していたことがある。それが今や、そのものを生のまま好きなだけ享受できる季節なものだから。クレオパトラが美肌のために摂っていたというカルカデ(ハイビスカスの真紅のお茶)をヒントにして、夏の間にシャワーのように浴びた紫外線を帳消しにでもするかのように、ざくろジュースを体内に流し込む。連日のように飲む、飲む、飲む。身体も欲しているのもあってのことか、とにかく美味しい。それより以前に、理屈なしの美味しさ。


 この季節の我が家の定番のデザートに、ざくろの実をロゼ・ワインにたっぷり半日漬け込んだものがある。ほんの少しだけ、きび砂糖を加えて。12月に入れば、短い秋とともに、もうまもなく旬は過ぎ去るのだろう。





 マラケシュで夏が終わりかけたころ。マジョレルのあるブティックで、ざくろの形をしたピアスを見つけた。大きな金色のざくろの四分の一がぱっくり欠けていて、その断面には真っ赤なガラス玉が無数に詰まっているもの。すぐに一目惚れしたものの、その時は別の要件もあったのだったか、急いでいたのだったか、とにかく何らかの事情で手に入れるまでにはいたらないまま、未練を残しながら店を出た。


 後日、今度こそは買い求めるのだと決めて改めて訪れると、目当てのものは、すでにもうその場所からなくなっていた。一点ものだったのか、入荷の予定もないとのこと。マラケシュでのショッピングの心得として一期一会とは言うけれども、やっぱり残念だった。まだこの街のどこかにあるのだろうか。それとも、外国に連れて行かれたのかしら。


 アクセサリーをなくしたとき。もしもそれが本当に縁があるものだったら自ずとまた見つかる、という話をずいぶん昔に聞いた。そしてどことなく、それを信じている自分がある。だから、もしもそんなことがあったならば、あのいささか人工的なミニチュアざくろの耳飾りとも、きっとまたどこかで巡り会えるのかも知れない。






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