top of page

第25話 柘榴ロマン

更新日:2019年2月24日




 8月。真夏のある朝、ベッドの中から電話が鳴り響く音を聞いた。まどろみの中、電子音のありかを突き止めるべく慌てる。サロンのどこかに置きっ放しだった携帯電話を見つけ出したものの、一歩間に合わず出ることができなかった。履歴を見ると、国際番号+81。日本からの電話。遠く離れた外国に暮らしていると、日本からの電話にはいつでも理由もなく心臓がどきりとする。誰だかわからない番号だったのだけれども、すぐに掛け直した。






 遠い遠い彼方の電話口に出たのは聞き慣れた、でも懐かしい声だった。今しがたの呼び出し音は、ちょっぴり特殊な仕事をしている友人からだったのらしい。にわかに安堵する。と同時に、少し前までの不安だった気持ちが、国際電話をするほどに緊急だったと思われる、その肝心の要件についての期待感に変わった。




 


 蓋を開けてみれば、意外で突拍子もない話が飛び出した。夏真っ盛りのこの季節に、仕事でざくろが必要になったというのだ。それも緊急で。モロッコではもう、ざくろは出ている?


 アフリカ大陸に位置するモロッコ。日本に比べると野菜や果物の旬は常にやや先取り。とは言え、8月にはまだざくろは見つけられない。仕事柄、中東に頻繁に出入りしている友人に聞いてみたところ、シリアではすでにあるという。しかも、その答えは「一年中ある気がするよ」と、ひょうひょうとしたものだった。


 中東には、ざくろは1年中あるのか。軽い好奇心に駆られて、ちょうどそのときトルコ、ウズベキスタンを旅していた友人に連絡をしてみると、いずれの国でも熟れた食べ頃のざくろが確認できたと言うではないか。その直後、自分自身が訪れた旅先の南インド。やはり、ここでも甘い甘いざくろを味わうことができた。





 そんな出来事があったせいか、今年は8月からざくろの味を待ちわびていた。モロッコでは初夏に花が咲き、熟れた果実は9月ころから出始める。








 季節は忽然と秋へと移り変わった。歩き回るのには一番良い季節かも知れない。赤い街 マラケシュを漂い動く。


 最近のムードはもっぱら赤やピンク色。無数のヴァリエーションが存在するマラケシュ・ピンク、それらが奏でるグラデーション。子どものころに大好きだった絵本の中に出てきた、赤いドワーフ(妖精)たちの赤色の世界を思い出す。真っ赤なとんがり帽子たちが、赤い彩りだけで完結している空間の中をせわしなく動き回る。















 赤にまつわる挿話。














 いつかの誕生日の日の朝、ドアをノックする音で起きた。扉を開くと、真っ赤なケイトウの花束が目に飛び込んできた。顔が隠れるほどに大きなブーケの向こう側には、赤いルージュを差した友人。







 その同じ日。ランチの予約をしていたDar Kawaでも、奇遇にも真っ赤なケイトウが飾られていた。


それ以来、なんとなく10月の色は真紅だと思っている。赤はパワーを与えてくれる色と言うけれども、実際、誕生日という日について人生の明度がまた少し増す日のように思うようになった。









 そして定着した、この日に祝いのざくろ酒を漬けるという習慣、小さな儀式。次の年の同じ日に愉しむために。