第35話 魚がついた嘘

最終更新: 2019年4月16日




 今年はどんなサプライズが届くかしらと、翌朝を楽しみに眠りについた。そう、その翌日はポワソン・ダヴリル(poisson d'avril)、すなわちエイプリルフールだったのだ。





 数年前のこの日には、日本から結婚披露宴の招待が届いた。新郎新婦のどちらもが仲間うちだったので、ずいぶんと手の込んだイタズラを考えたものだと、思わず笑みがこぼれた。けれども蓋を開けてみたら、それは「まこと」のお知らせだったものだから驚きもひとしお。4月1日が巡ってくるたびに思い出す、幸福な記憶。





 そして今年。日本から遅れること8時間。モロッコにも、いつものように朝がやってきた。だまされないからねと、朝一でメールボックスを開ける。


 そのうちの一通の中に、新元号についての言及があった。まさか4月1日がそういう日に選ばれていたとは、まったく注意の範囲外だった。心づもりがなかったのと、あまりに予想外の内容だったために一瞬間ぽかんとしたものの、遠く母国で起こっている現象が嘘でも余興でもないことは、もちろんすぐに理解した。








 思えば元号とはほとんど接点のない暮らしをして久しい。どちらかというと、イスラムの暦であるヒジュラ暦の方が身近なくらい。そんな日々も手伝ってのことか、今日の日本の暦については、ほぼ無関心だった。








 来たる新たな元号は、フランス語では“belle harmonie”、アラビア語では“التناغم الجميل”と訳されて発表された。これらをあえて再び日本語に戻してみると、どちらも「美しき調和」の意味になる。万葉集の世界と、詠まれている情景と刹那、空気感や風光を重んじる素敵な意訳だと思う。


 ひとたび外国語に落とし込まれた言葉を見聞きすると、母国で独自に刻まれる暦に次第にノスタルジーのようなものを覚えるようになった。「だまされたと思って聞いて」とはよく言うけれども。嘘の日の知らせに、いつの間にか不思議とその気になっている。


 この街には梅も桜もないけれども。東の果て、日出づる国で新しい暦が始まるころ。西の最果て、ここマラケシュではジャカランダがピンク色の街を彩り、南部からはダマスクローズの薫香を風に乗せて、世界の裏側での新しい始まりに調和を唱えているだろう。あたかも、その門出を言祝ぐかのように。









Koulchi zine كولشي زين

Tout est beau.




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