第38話 巴里のハンバーガー




 ヨーロッパからは2,3時間程度のフライトで足を伸ばせるモロッコ。とりわけマラケシュには多くの西洋人が暮らしており、そういった背景も手伝って、ここマラケシュではヨーロッパの味を愉しむ恩恵にあずかることができる。


 イタリアン、フレンチはもちろんのこと、スパニッシュ、ギリシア料理なんかもちらほら。





 真紅のテーブルカバー、白い壁に掛けられた使い込まれた銅鍋やフライパン。古き良き時代のカンティーヌはこんなだったのだろうか。昔ながらの趣を持つカタンザーロ(Catanzaro)では、マグレ・ドゥ・カナールや山羊のチーズのサラダ、仔牛のロニョンのマスタード風が美味しい。いつも人で溢れたアットホームな空間でいただく大きな三日月形のカルツォーネは、家庭の味を想像させる。ここには、イタリアンとフレンチの両方の料理がいっぱい。


 ときには、隣の席でお昼休憩中のオーナーの一家がフランスの日常の定番“バターを絡めただけの山盛りパスタ”を頬張っているという光景にも出くわしたり。ほかにこんなにたくさん美味しそうなものがあるのに、やっぱり基本はここにありなのかしら。と、家族のダイニングの様子までもが伝わってくる気がする。


 一度そんな空気に溶け込むと、気付けば気分は周囲のヨーロピアンたちに流されている。すでに胃袋は満たされているはずなのに、しっかりデザートまでオーダーしてついつい長丁場。


 幸福指数が高いデザート、個人的にはそれは何と言ってもカフェ・グルマン(Café Gourmand)。ひとつのプレートにアソートで並べられたミニサイズのお菓子とエスプレッソがセットになったもので、メニューの中に見つけるとついオーダーする。届いてみるまで内容がわからないというサプライズ感覚も、余興に一役買ってくれる。ここのカフェ・グルマンは、クレム・ブリュレとプロフィテロールの二品で、いずれもヴォリュームたっぷり。


 カフェ・グルマンと言えば、オテル・バリエール(Hôtel Barrière)内のレストラン ル・フーケ(Le Fouquet's)。マラケシュにいながらにしてフランスの由緒ある老舗でのカフェ時間を気取ることができる。大きなプレートには色とりどりのプチ・ガトーが並んでいて、それだけで優雅な気分。あと数分後にはまた、馬車とバイクが無秩序に往来する喧騒の中に戻るということなど、うっかりすっかり忘れてしまう。


 ブッダボウルを始めとしたベジタリアン料理のカフェ Gaïa は、ヘルシー志向の在住外国人に支持者が多い。ここのカフェ・グルマンはオーガニック・コーヒーとベジ対応の大きなチョコレート・クッキーになつめやし。食後のひとときまで一貫して健康的。






 さて、イタリアンに話は戻り。よりカジュアルな雰囲気のマンマミーア(Mamma Mia)も、負けずといつも人で賑わう。2Fのバー・スペースに陣取り、シャルキュトリーで生ビールをまずは一杯。お酒と豚肉は、いずれもイスラムではタブーとされている。外国人の身とは言え、当然、普段は在住者としての配慮は欠かせない。けれども、ここでは誰もそんなそぶりは見せない。


 そしてメイン。トリュフのリゾット、セップ茸のタリアテッレ。ふたつのお気に入りで多々迷う。


 フレンチでは、街の中心からはやや離れた郊外のシディ・ガネム(Sidi Ghanem)という工業地帯にある、ル・ザング(Le Zinc)が気に入っている。西洋人クリエーターのアトリエや工場、ショールームが集まるエリアなので、自ずと来客も西洋人ばかり。店名の通り、亜鉛材のカウンターがあるビストロ。


 天気がいい日はワインバレルをテーブルにしたテラス席に陣を取って、まずはロゼ・ワインでアペリティフ。原則お酒を慎むべき国なので、往来でこんなことはなかなかできない。ぺろりと気軽に手軽にコースメニューが楽しめるのも、昼休みの間にランチに来ている周囲の常連客たちの雰囲気に飲まれてのこと。まるで普段着のリトル・フランス。


 「フランス人が集まる場所にはおいしいものあり」の法則とも言えそうであるが、フランス人学校やアンスティテュー・フランセ(institut français)が所在するヴィクトル・ユゴー(Victor Hugo)地区には、クレプリーやパン屋さん、チーズ屋さん、ジェラート屋さんの名店がそこここにひそんでいる。


 年上の友人から招待されて初めて足を運んだビストロも、このエリアにあった。ギリーズ(新市街)の中心から少し離れているというだけで、すでに良い予感。アパルトマンに埋もれるようにひっそりとたたずむル・バラタン(Le Baratin)は、一見カジュアルでごくごくシンプルな雰囲気。


 何と言っても、ここでの食事はまずアミューズ・ブーシュ(amuse-bouche)から始まり、それがまた深い味わいなものだから、否応なしに期待は高まる。そして、すでに通い詰めているその方におまかせで選んでいただき運ばれてくる品々は、どれもこれも本場並み。「ここはマラケシュなんだから(致し方がない)」という大前提を無意識の中でいつも抱きながらレストランに入っているようなところがあるけれども、そんなハンディは一瞬もよぎらないほど。モロッコ人シェフによる、見事に美味しいフレンチだった。


 それ以来、「外食」という言葉に少し特別な響きを持たせたいような時に、いつもより少しおしゃれをして出かけるような、そんな場所になった。





 何も新市街ばかりが“フランス的”なのではない。旧市街にもフランス時代の面影がそこここに刻まれている。


 スークのメイン・ストリートで。人混みをかき分けるように、じゅうたんを山積みにして行く手押し車のおじいさんが、こう叫んでいた。ショ・ドゥヴァン、chaud devant! chaud devant!! chaud devant!!!


 そこ通るよ、注意して、どいたどいた! そんなことを意味する言葉には違いないけれども、それは厨房などで熱々のスープを持って通るときなどに限ってのみ使う特別な言葉。注意喚起する大声は場違いでトンチンカンだけれども。スークの中の縁の下の力持ち カロサ كروسة(リヤカー)引きの彼の等身大な生き様が表れたような、まるで履歴書のようなフランス語。だいぶ長くなってきた人生の中のどこかで、彼はきっとフランス人が経営するレストランで働いていた過去があるに違いない。





 仕事の合間。スパイス・スークの中心的存在、カフェ・デゼピス(Café des épices)で。いつしか現場メシのように定番ランチ・メニューになったハンバーガー、その名も Paris Marrakech Burger を頬張りながら、きっとフランスの残り香とともに歩んで来たのだろう彼の人生をぼんやりと思っていた。独立前後の世代であろう彼の、子ども時代や青春時代を。まだあどけない表情と仕草の若かりし日の彼が、chaud devant と言い言い、不慣れな体で淹れたてコーヒーを給仕している姿を。







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