第42話 カルティエ・ボヌール




 ごく最近、セネガル人の縫い子と知り合いになった。


 以前、首都 ラバトのコート・ディヴォワール大使館で鉢合わせた同国出身の男の子が、マラケシュのヴィジュアル・アートの学校に通っているというので、それはご近所同士だ、マラケシュ広しと言えども世界は狭いと、お互いがそれぞれに未知の国とのファースト・コンタクトだったものだから、ちょっとした余興のようなひと時だった。その後、地元でまた偶然ばったり再会して笑い合ったが、よくよく聞けば、彼が住んでいる場所はもう少し中心から離れたエリア。





 カサブランカからマラケシュに入る場合のこの街への入り口となる辺りは、以前は荒れた土漠が広がっているような閑散とした場所だった。それが気づけば集合住宅がどんどん出来て、今やちょっとした小さな町のようになっている。どうやら先のカメラマンの卵が住んでいるのはこの辺りのようだ。









 言われてみれば、ブラック・アフリカの国々の人たちとタクシーに同乗すると、みんなだいたいがこの町の名前をドライバーに告げている。ふと好奇心が刺激されて。ふらり出向いてみる。





 美容室やレストラン。そこにはセネガル人たちのものと見てわかる店があちらこちらに点在していた。行き交う人々の肌色からも、多くの人はサハラ以南からやって来たのだということがわかる。町の匂いも変わる。料理のスパイス使いや、それにここの人たちが使う香水はモロッコ人が好むものとは少し違うようだ。マラケシュにいながらにして小旅行をしているかのような雰囲気に小躍り。そして、母国は違えど異国の地で商いをする者としてのシンパシーのようなものさえ感じて、居心地のよさを覚えた。


 そして突然、記憶の奥の奥からよみがってきた過去のある一時の思い出。その昔、横浜でフランス語のプライベート・レッスンをしてくれていた先生はセネガル人の夫婦だった。そんなこともあったっけ。フランス人の個人授業料は高くて手が出ず、破格値で生徒を募っていた彼らのもとに駆け込んだのだ。


 歩を進めて中へ中へと入っていくと、一軒のアトリエ。アフリカの民族衣装なのだろうか。壁に掛けられた色彩に誘われるかのようにふらり入った。そこにはテーラーの男の子と、まだ見習いだという若い女性。ふたりともセネガルの出身だった。


 何をオーダーするというのでもないのに椅子を出されて、気付けば雑談を始めている。モロッコ人と渡り合うことの複雑さについての小言をお互いひとしきり言い合い、笑い合う。外国に暮らすというのは、みなそれぞれに苦い思いをすることもあるのだ。


 そして、しばしののち。彼女が言う。


 あなたもクリエーションをしているのだったら、いつか一緒に何かやりましょうよ。わたしの夢は、マラケシュの素敵なリヤドでデフィレ(ファッション・ショー)を開くことなの。


 インシャアッラー。ぜひ叶えましょう(Pourquoi pas)。





 奇遇にも、と言ってもいいだろうか。それから数日後、マラケシュでディオールのショーが開かれた。このニュースには真っ先に彼女のことを想った。なぜなら、開催地がお互いの第二の故郷であるばかりでなく、コレクションのインスピレーションの源が西アフリカのワックスだというものだから。





 ディオール。その響きは、個人的には日常的にとても身近な「音」だ。というのも、その音は「家々」を意味するモロッコの言葉を連想させるから。家という言葉の複数形、デユオール(ديور)。きっとアラビア語で書けば、ディオールもデユオールも同じになるに違いない。そういった訳で、密かに「ディオール邸」と名付けている場所がある。


 イヴ・サン=ローランのかつての別荘として知られるマジョレル庭園から数分のところに、デユオール・マサキンと呼ばれるエリアがある。マサキン(مساكن)も住居・邸宅といった意味で、この辺りには長屋のように隣家と隣家がつながっているメゾネットのような建物がところ狭しと立ち並んでいる。庶民のための住宅地。この「音」の、このエリアの、この雰囲気の。世界に名だたる大御所メゾンとのギャップが気に入っている。誰も知らないディオール邸とはここら一帯のこと。


 この「音」から感じ取るのは、ちぐはぐな印象ばかりなのではなくって、きっとそれ以上に「親和性」の方なのかも知れない。ディオールのデザイナーとしてそのキャリアをスタートさせたサン=ローラン。彼の遺灰が分骨されているマジョレル庭園からデユオール・マサキン(個人的な呼び名ではディオール邸)までは至近距離なのだもの。そう言えば、フランス語のメゾン(maison)だって元来は「家」の意味であることの奇遇。


 マラケシュには、サン=ローランとの思い出を今でも大切にしている人たちがいる。そんな彼らのうちの誰かの住まいは、ひょっとしたらディオール邸の一角かも知れない。





 こうして今、ディオール邸から少しばかり離れた、セネガルの未来のクチュリエールが住むあのエリアまでを結ぶ新たな1本の線が加わった。アフリカのテキスタイルというシンクロによって。廃墟となったかつての宮殿の遺跡で華やかに繰り広げられたディオールのショーは、あるいはひょっとして彼女の夢の中のワンシーンだったのかも知れない。





 だなんて、そんなのは一方的な期待でしかなかった。ある夜、散歩を兼ねてセネガル料理レストランに夕ごはんを食べに行った帰りに、彼女の顔を見に行くと。当の本人はお構いなし。エクステンションを付けない無造作なショートヘア(本人曰く、風で吹きさしのままらしい)の出で立ちで、おもしろおかしく、ちょっぴり辛口で語ってのけた。







 マラケシュは観光立国だなんて言ってるけど、鼻で笑っちゃうわ。遺跡って言ったってそれほど古くないのよ。マジョレルなんて、何があるのかとわくわくしながら奥に奥にと進んでみたけれども、スペシャルなものは何も見つからないまま出口に戻っちゃったのよ。あそこに一体何があるっていうの?





 彼女が暮らすエリアは「幸運」という名前だ。


 Sâadatha سعادتها (lucky her)!



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