第3話 三日月とオルレアンの乙女

最終更新: 2019年4月5日









1439年9月の、つい最近のできごとについて。












 モロッコでは今、1439年9月という時が流れている。これはイスラム暦とも言われるヒジュラ暦による時間軸。ほんの時々見かけるたびに、一瞬、中世に迷い込んだような不思議な錯覚に陥る。


 ヒジュラ暦は月の満ち欠けで暦を読む太陰暦。1ヶ月の始まりは夜空の中に新月が見えたとき、そして月が消えたときがその月の終わり。月が満ちて再び欠けてゆくまでのサイクルは29日から30日。そのためモロッコの暦は、西暦と比べた場合に毎年だいたい11日くらい前倒しになってゆく。





 数年前の「9月」は真夏だった。そして今年の「9月」は異常気象も手伝ってのことか朝夕がまだ少し肌寒い。5月のうちに咲いては散るジャカランダが、今年は6月に入った今もまだ薄紫色の花を咲かせ、あちらこちらでピンクの街並みとの淡いコンビネーションを見せている。和名の「紫雲木」の文字が持つ美しさそのままに。








 四季の移り変わりとカレンダー。自然の摂理と数字。切っても切れないはずと思っていたものが、ここでは年々ずれてゆく。足並みの揃わないふたつの世界を逆手にとって、この時空のゆがみを存分に愉しむ。









 ラマダン(Ramadan رمضان)。ヒジュラの呼び方で9月。今年のラマダンは西暦の5月から6月にあたった。


 日の出から日が沈むまで。この月、イスラム教徒たちは空に太陽が出ている間は一切の飲食を断つ。一ヶ月にも渡る断食はムスリムたちの大切な義務のひとつ。熱波が吹きすさぶ真夏の断食に比べると、今年はずいぶん楽になってきたのではと想像する。けれどもみなは口々に言う。神が自分たちに与えたものは、日照りでも雨でもすべて甘受する、と。










 日没のお祈りの時刻を知らせる呼びかけの声 アザーン(adan/azan اذان)が響き渡ると、それが同時に断食明けを伝える合図。あらゆる欲望を断ち切った昼間が終わると、やがて賑やかな夜が始まる。ラマダンの夜は毎日があたかも祝祭のよう。繰り返される聖なるパーティー。





 アンスティテュー・フランセ(Institut français)主催の「La Nuit du Ramadan(ラマダンの夜)」という催しを毎年楽しみにしている。イスラム教の重要な宗教行事であるこの期間中にあえて企画された今年のイベントは、キリスト教の教会でのシネマ・コンサート。


 新市街の中心部であるギリーズ(Guéliz)は、Église(教会)という言葉の派生語とも言われている。コンサートの会場となったカトリック教会 サン・マルティール教会(Église des Saints-Martyrs)は、このギリーズの外れにある。イマーム・アリ(امام علي Imam Ali)通り、イスラム教のモスクのミナレットと向かい合うようにして。


 教会の名前、Martyrs(殉教者たち)というのは、5人のフランシスコ修道士たちへのオマージュ。1220年代。イスラム教徒のキリスト教への改宗のためにマラケシュにやってきたものの、その信仰のために処刑されたと伝えられる。





 上映されたのは、アントナン・アルトーの若かりし日の姿も見ることができる、カール・ドライヤー監督「裁かるゝジャンヌ(La Passion de Jeanne d'Arc)」。ジャンヌ・ダルクが聖人となった年から8年後の1928年に公開された映画。そして、この教会が建築された年も1928年という符合。






 22時をだいぶ回り、定刻から遅れること数十分。礼拝堂の明かりが消され、映画が始まる。


 ヒジュラ暦1439年のマラケシュから、ユリウス暦1431年のフランスはルーアンへのタイムトラベル。










 問い詰めるように、あばき立てるように。スクリーンに映し出されるクローズアップの顔。実験的なモノクロームの無声映画に重ねられる、「出来事」を伝えるモノローグ、オペラのような女声の歌声、パイプオルガンの調べ。


 宗教的な色合いが濃くなるラマダン月。あえて選ばれたこの時、この場所での「殉教者」についての物語を前に。時空と信仰が混ざり合い溶け合うような、神秘的で象徴的なひととき。





 西暦2015年のクリスマスは、イスラム教の預言者聖誕祭と重なった。大きさが微妙に異なるふたつの歯車のように、毎年11日ほどずれ合うヒジュラ暦と西暦。そんな乖離がある中、ふたりのメッセンジャーがこの世に生まれたとされる日が噛み合った、奇跡のような日取り。


 その当夜、何かの記事で、イスラムの象徴でもある三日月のチャームを十字架に重ね合わせるようにして胸元に付けたクリスチャン女性の姿を目にした。このめぐり合わせを目に見える形で祝福する彼女の印象的な笑顔、そしてペンダントの純粋な美しさ。そこには何とも言えない明るい空気感が漂っていた。とてつもなく良い予感とともに。





 クロスオーバー。映画の後、悲しいその結末とは裏腹に、先のスナップを見たときと同じ類いの感覚に包まれた。ジャンヌの最期の姿に写真の中の女性のイメージが重なったのだろうか。


 余韻が残る中、歩いて家路に着く。真夜中を過ぎた夜空には、ラマダンが4分の1過ぎたことを伝える半月があった。












- Address -

Église des Saints-Martyrs

Rue de Imam Ali

40020 Marrakech

MAROC



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