第18話 フェルマータのアペリティフ

最終更新: 2018年9月17日



フランス人たちは時間を区切り、気持ちを切り替えることに非常に長けた人種だと常々感心する。


週35時間労働の合間のランチタイムには、ワインを一杯飲んでリラックス。

帰宅してディナーに出かける前にはシャワーを浴びて、着替えてお化粧し直して、香水を纏って足取り軽くレストランに向かう。

また大きな時間の区切りとして、「ヴァカンス」という名の休暇を非常に長く取ることでも名高い。


おおよその会社員は年間5週間だが、職種によっては8週間もの有給休暇が保証されている。

夏とクリスマスに分けて数週間ずつ連続で休暇を取り、あとは祝日と週末の合間の平日に使って連休にしたり。ちなみに飛び石の祝日を連休にすることを「faire le pont(橋をかける)」と詩的に表現するのだが、その橋をかけるのが非常に激しいのが5月。たくさんの祝日があるので皆、橋をかけるのに命をかける。ゴールデン・ウィークどころかゴールデン・マンスだな、といつも思ってしまう。



特に長い休暇を満喫する8月は、雑誌の厚みは薄くなり、テレビは再放送の繰り返し。レストランも小売店も軒先に「Bonnes vacances!(良い休暇を!)」と小さな張り紙を残し、潔く営業を数週間休む。生活に欠かせないパン屋は、区内で順番にヴァカンスを取るように調整してはくれるけど、やっぱり持ち回りで店を閉める。







8月のパリは、走る車も少なく、人通りもまばら。みんなどこかに行ってしまい、パリ砂漠となる。








そんな様子を目の当たりにするたび、誰しもが休暇を楽しむ権利が当然として人生に組み込まれたこの社会には「 Bravo!」としか言いようがない。付け焼き刃で決して成り立つものではなく、DNAレベルで社会と個々に組み込まれた一つの歴史・文化なのだ。これでも経済が成り立っているのだから、働き者で有名な日本もお手本にしてみてほしいところ。


夏のヴァカンス大移動がようやく終わり、9月に入って子供達の新学期も始まり、気持ち新たに活気を取り戻したパリの街。

日焼けしたパリっ子がその夏の余韻を纏いつつ、もうすぐそこまで来ている秋を待つ。



9月はヴァカンスの報告に余念がないのも恒例の風景だ。

ご近所さんと、仕事仲間と、誰と会っても開口一番「ヴァカンスはどうだった?」から会話が始まり、しばらく立ち話ということもしばしば。

昨夜は行きつけの食堂でもその風景に出くわした。

店主が常連マダムにおきまりの質問をしたら、「そうなの!最高のヴァカンスだったわ。だけど、またこの金曜から数週間でかけるんだけどね。」

9月に入ってもそのムードのままの方もいるらしい。あっぱれフランス人。


友人とのヴァカンス報告会はアペリティフをしながらがもっぱらの定番。

アペリティフとは一般に「アペロ」と省略して呼称する「食前酒」という意味の言葉で、夕食前に行われる親しい人との一献のこと。




若者層は圧倒的にビールやカクテルを、熟年層はワインを選ぶ傾向にあるようだ。ちょっと良いことがあったときや特別な日は、シャンパンを飲むことも。


一杯飲みながら気楽に語らう時間帯は、だいたい仕事終わりからディナー前の18:00〜20:00ぐらい。







集う場所はどこでも。カフェや家、はたまたパリの場合はお天気さえよければ、サンマルタン運河沿いやセーヌ川沿いで地べたに座りながら。



自宅に友人を招いてのアペロには、簡単なおつまみをいくらか準備する。

そんな時に定番でお出しする1つ目が、「ラディッシュ/バター/塩」。

どこの家庭でも愛されている食べ合わせで、一般的な一品。



細長いフォルムのラディッシュに十字に切り目を入れて、水に放しておくと切り目が花のように開く。

切り目にバターを塗って、お塩をチョンと付けて食べるのだ。塩とバターが美味しい国らしい、シンプルな味わい方。




変化球として新鮮なハーブを一緒に盛り付けることもある。ラディッシュと一緒に口に放り込むとふんわりと香草の香りが満ちる。

ある日のアニスとエストラゴンのコンビネゾンも悪くなかった。








2つ目はお料理上手なマラケシュのモロッコ人女性から教えてもらったレシピでこしらえる「ザルーク(トマトと茄子のピュレ)」。



- ザルーク - 〈 材料 〉 約4人分

  • 茄子 6本

  • トマト 1個

  • コリアンダー 適量

  • A)にんにく 4かけ

  • A)黒胡椒 小さじ1

  • A)クミンパウダー 小さじ1

  • A)ジンジャーパウダー 小さじ1

  • A)パプリカパウダー 小さじ2

  • B)サラダ油 大さじ4

  • B)オリーブオイル 大さじ1


1. 茄子の皮を縞々に剥き、さいの目に細かく切る

2. ひたひたの水に塩をひとつまみ加えた鍋を強火にかけ、煮立ったら中火にして1.の茄子を加え20分間ほど、柔らかくなるまで煮る

3. トマトを湯むきし、種を取り除いてみじん切りにする

4. 2.が煮えたら水をしっかり切り、3.のトマトとみじん切りにしたコリアンダーを加える

5. A)のスパイスを加える

6. B)のオイルを加える

7. 更に弱火でよく混ぜながら10分間煮込む

8. 蓋をしつつ更に弱火で、焦げ付かないよう気をつけながら、ときどき混ぜて15分間煮込む

9. 常温に冷ましてからサーヴする


オイルの分量に怯むかもしれないけれども、これぐらい思い切って入れるのがモロッコ風。オイルを入れることで口当たりをしっとりまろやかにしてくれる作用がある。とはいえ、日本のトマトや茄子はモロッコやフランスのものと比べて水分を多く含んでいるので、オイルの分量を様子を見ながら多少調整してみても良い。コリアンダーは欠かせないので必ず、風味が強調されるぐらいに思い切って入れる方が異国感が高まる。


ある日はマルシェのトルコ人のスタンドで見つけたドーナツ型のトルコのパンをザルークに添えてみた。そうでなければ、薄く切ったバゲットでも。ビールや白ワインに合う絶好のおつまみに。

トマトを多めに加えて緩めに作れば、お魚やお肉のソースとしても使えて、応用の効くピュレだ。



フランス人にとっての小休止「フェルマータ」。

人生のそれがヴァカンスならば、1日のそれはアペリティフ。

愉しき時間が明日に繋げてくれて、それらの豊かな時間が人生を構築する。


「だって休むために働くんでしょ。」と、のたまうパリっ子。

働いたから休む、のでは決してないのだ。


近頃、彼らの頭の中にはNoël(クリスマス)の休暇のことしかないのは言うまでもない。



Bonne santé! Kanpaï!



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