第27話 ラグーンの薬壺

最終更新: 2019年1月25日




 本の中で、こんなエピソードに出会った。


 ある考古学の発掘調査のための探検隊キャラバンを先導していた先住民族がストライキを起こし、突然その場から動かなくなってしまった。首長が語った理由はこうだった。


 わたしたちはここまであまりに速く歩き過ぎてしまい、心を置き去りにしてきてしまった。心がこの場所に追いつくまで、しばらくここで待っているのです。





 予定が詰まった手帳が昔からあまり得意じゃない。何が書き込まれるのかまだ決まっていない、空っぽの部分が残されている方が心地よい。余白が充分にある風通しのよいぺージ。


 その時々のムードで予定を決めるというノマド暮らしの方を好むのだと思う。でもそれ以上に、置き去りになった心を待つための時間が必要だということに、きっと無意識が気付いていたからなのだろう。




 

 ところが、そもそも「予定」という観念が端から存在しない節があるこの国に暮らすようになってからは、事情が変わってきた。少なくとも、腰を据えてマラケシュの職人たちと共に仕事をしてゆくのだと腹をくくるのであれば。


 先のことにはかまわず、ラディカルなまでに今を生きる職人たちとリズムを揃えることは、同時に、彼らの「予定なき予定」に合わせることでもある。


 インシャアッラー。すべては神の御意のまま。


 一見して真っ白な彼らのカレンダーは、実のところ神の手によって書かれた目には見えない予定でびっしりなのだ。それは、急な変更や取り消し、永遠とも思われる遅延、かと思えば突如やってくる実現など、まったくもって先読みが不可能な、意外性の不断な連続として押し寄せてくる。


 一寸先は闇。職人たちの動きにフレキシブルに応対することを最優先に日々を過ごしていると、朝起きてから夜寝るまでの間は「オフ」になる隙間を見つけるのは案外難しい。





 予定なき予定が支配する、オン/オフの境界線があいまいな毎日の中で。無になるためのささやかな時間を作り出すこと。


 リヤドのパティオの一角を借りて。友人に教わる、週に一度のピラティス。ジャスミンの芳香に包まれて。





 終わりが見えない仕事を一旦忘れて料理に打ち込む。グリンピースのさやをむく、ひよこ豆の皮をむく、マッシュルームの皮をむく。「むく」というのは、文字通りに一皮むけるような感じがよい。それも、それがめんどうであればめんどうなほど。




 少し早めに切り上げ、夕方のハマムに行く。身体の輪郭がおぼろげになるまで湯気に溶け込み、ゴマージュの刺激で生気を取り戻す。


 まだ明るい時間帯に入って、出るときには薄暗いというのがよい。文字通りに垢抜けた心身は、夕闇の中で数段も軽やかになっている。







 オフが難しいということであれば、いっそうのことアンプラグドな時間を作り出してしまえばいい。彼らが日に数回のお祈りで自分と神とだけが繋がっているひとときを大切にするように、自己の心の奥底にあるはずの場所に立ち返る試み。


 時には意を決して日帰り旅行や一泊旅行を挿し込む。自分ではすっかり順応しているつもりでも、異国での生活の中で知らぬ間に生じているであろう小さなズレ。その溝が大きくなってしまう前に調整する。


 そんな時には新しい世界に身を投じるエキサイティングな旅ではなく、心を休ませるための小旅行がよい。ほんのたまゆらでも自然に溶け込み、その一部分になるような時間を求めて。


 幸いマラケシュからは、ほんの少し足を伸ばすだけで自然に触れることができる。







 週末を利用して泊りがけでのリトリート旅に出る際の宿選びの条件は、開放的な窓やテラスがある地球に開かれた部屋。同じこの国のどこかに潜んでいるはずの別天地を探す。


 ある時、一夜を過ごした首都 ラバトのリヤド。屋上のガラス張りの部屋には、満月の光が一晩中差し込んでいた。








 そしてまたある時、北部の秘境 シャウエンで。山間に面したテラスでの朝食の、朝の空気のおいしさと新鮮な山羊のチーズに舌鼓を打つ。

 








 そして、大西洋沿岸の町 ワリディアでは。ラグーンをひとり占めする大きな窓の部屋を確保する。












 マラケシュに移り住む前。最初の2年間を暮らしたワリディアは、その名の通り、いつでも帰れる場所、心のふるさとという位置付けにある。ワリディア(al Oualidia الوالدية) という音は、「わたしの両親」という意味の言葉の響きを思わせるのだ。ここに戻れば、途端に心には安堵が広がる。


 マラケシュから北西に車でおよそ3時間。モロッコでの人生はこの田舎町から始まった。ラグーンを一望できる町の中心の坂道までは、当時住んでいたアパルトマンから数十秒。黄金色の砂浜を横断するエメラルド色には不思議な浄化作用がある。心の到着を待つには、ただここに座っていればよい。





 正午。ワリディアに到着したら、まずはこの坂を下ってラグーンのほとりでランチを取る。食事の後はレストランから浜辺に降りて、散歩がてら干潟に沿ってそのまま南に歩き続ける。するとチェックインにちょうどよい時間帯に、海に面したバルコニーからホテルに入ることができる。








 ある年の中秋の名月の夜。突然、意識が遠のき、我に返ると味覚を失っていた。失ったというよりは、何を口にしても極度の苦味しか感じられなくなってしまったというのが近い。この奇妙な味覚異常はかなり長く続いた。


 あれこれ調べてもらい、どうやら体内の亜鉛の値が極度に低くなったことが原因ではないかという診断だった。






 子どもの頃からレバーや貝類が苦手で食べられなかったが、そのいずれも亜鉛を多く含む食材であるらしく、長年の偏食が行き着いた先がこうして具体的に明るみになるようだった。


 人体の神秘をより感じる変容もあった。どうがんばっても食べられなかった貝類が、この時をきっかけにして忽然と食べられるようになったのだ。とりわけ亜鉛含有量が豊富だという牡蠣にいたっては、特効薬という以上に今となってはもはや好物と言えるほど。医食同源とは言うけれども、それを身をもって実感した出来事。







 そして何を隠そう、ワリディアは牡蠣の養殖が盛んな一大名産地。


 ここで暮らした2年の間、人に振る舞うことはあっても、自分自身は決して食べることのなかった牡蠣を、今や、それを目的に訪れるようにさえなった。







 12年前、ワリディアに到着したその日に連れられて以来、変わらず一番の行き付けであり続ける、あの場所へ。疲れやストレスで急に減ってしまうのだという亜鉛を、ここでたっぷり補給する。





 ワリディア。とっておきの隠れ家。心と身体を生まれ変わらせてくれる「わたしの両親」。














 今年のクリスマスは、ワリディアの方から我が家へとやってきてくれた。西洋人が多く暮らすマラケシュでは、クリスマス・イヴのディナーのメニューのひとつとしてポピュラーな牡蠣が普段よりも多く出回るのだ。









 恩恵に感謝し、来たる新たな1年の健康に乾杯。










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🍴マラケシュでワリディアの生牡蠣を食べる


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健康と休息を



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