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第43話 一服のエスプリ



パリの屋根はねずみ色。

曇り空が続いた日々がそろりそろりと過ぎ去り、花屋に芍薬が並ぶころには、柔らかな太陽がアドワーズの屋根と石壁に陽だまりを描く。






ひしめくアパルトマンの隙間であっても、我が家のテラスにも決まった時間、決まった場所に、ひだまりが現れる。

いちばんの特等席を上手に見つけるのは、いつも猫たち。




ジャスミンの花咲く暖かな時期には、青空事務所をオープンさせる。

仕事がはかどるような、はかどらないような。





ちょっとだけ一服。

猫らの特等席の一角を暫しお借りして、濃いめのエスプレッソを一杯。











ここは、パリのとある通りの44番地。


バロック時代の画家がこの通りに暮らしていたことから、彼の名前が付けられている。

かのルイ14世は、彼の絵を生涯離さずに大切にしていたそう。


そういえば。

パリで初めて暮らしたアパルトマンは、55番地だった。


オルセー美術館からさほど遠くなく、首相官邸の通りの角を曲がったすぐのところ。

官邸を見守る警官が角に必ず数人もいるという治安の良さと、何よりも見晴らしのよいバルコニーのある屋根裏部屋が気に入って、そこでひとり暮らしをしていた。齢100年以上の螺旋階段は行き交う人々の歩みで、真ん中部分がなだらかにすり減っていたっけ。



ある日、一緒にいた連れが懐かしのその通りに用事があるという。 それならば、パリ生活のスタート地点に久しぶりに訪れようではないか。 近くを通った時には、立ち寄る習慣が実はある。理由は、なんとなく。だけど。 55番地にたどり着く少し手前で「じゃ、またね」とランデヴー先へと、連れが消えていった。 その扉が偶然にも44番地だった。


ひとりでもう少し南に歩くと、そこには懐かしい赤い扉が。



ふと、ある友人のことを思い出す。

ノートルダム寺院の前にある「ゼロ・ポイント」を踏みしめることで、自分の人生の仕切り直しをする習慣を持つ、彼女のことを。


そうか。この赤い扉の前に定期的に立つことで、計らずとも彼女のように、人生の仕切り直しをしているのかも知れないということに、ようやく気付く。


いろんな思いをたずさえ毎日くぐった、あの時と変わらない扉。

思えば、ここからフランス生活の全てが始まったのだった。



いよいよ、両手で数えるには指が足りなくなってきたパリ生活。


フランスから学んだことを、たった一言で表現するとしたら?


ふと我に問う。


それは「一服する」ということかもしれない。

いっぷくとは、

煙草を吸うこと

お茶を飲むこと

総じて、ひと呼吸すること。



良きも悪きも、生粋の日本人であるからこその生真面目気質。

走り出したら止まらず、息をするのも忘れるほどに詰め込んでしまう。


そんな時でも、時間を区切るのが上手なフランス人は、人生のお手本。

カオスな状況から、軽やかにしばし逃避する。


1つ目は、よく彼らが口にするフレーズ。


On verra bien.

なるように任せてみよう。


そのたった一言で、状況の風通しが良くなる。

そうだね。何も急いで決めなくても、と。


2つ目は、お馴染みカフェでの珈琲時間。

立ち飲みでキュッと一杯。

冗談のひとつでも言って笑い飛ばしてまた仕事に戻る。



《世俗の喧騒を忘れるためにお茶を飲む》

有名な一節は、唐時代の文人、陸羽の言葉。


お茶文化よりも珈琲文化の色濃いフランスでは、「お茶」の部分を「珈琲」に置き換え、座右の銘として大切にしている。


ほんの数分でいい。

何も考えずに珈琲をすすり、一服することがもたらす人生の幸福を知ったのは、フランスに暮らしたお陰だと思う。それは座禅や瞑想をするのと、きっと似ている。